坂本龍馬の像

坂本龍馬の像:坂本龍馬ライフカード申込み受付中!

【高知市 桂浜の坂本龍馬像】

月の名所としても名高い桂浜、雄大な大平洋とキレイな砂浜があります。そして大平洋を見据えて大きくそびえ建っているのが高知県出身の坂本龍馬です。像の高さは5.25メートル、台座を含んだ全体の高さは15メートルです。 普通の像と比べるとかなりの大きさです。建設は昭和初期で青年・学生が募金活動をし建てられました。


【京都市 丸山公園の坂本龍馬像】

明治19年に造られた京都最古の公園で、丘陵の地形を生かした、小川治兵衛の手になる池泉回遊式庭園が広がります。円山公園の園内には、茶店や料理屋が点在し、幕末に活躍した坂本龍馬と中岡慎太郎の像も立ちます。


【京都市 京都霊山護国神社の坂本龍馬像】

坂本龍馬にまつわる逸話として、37年後の日露戦争の最中、昭憲皇太后の夢枕にひとりの侍の影が立ち現れて「微臣坂本にございます。このたびの海戦、皇国の大勝利に間違いありませぬ。不肖坂本、皇国海軍を守護しておりますゆえご安心願いあげます」と言い残すと消えたという。
坂本龍馬。
志士中の一級志士と云っても過言ではない。


【長崎市 風頭山の坂本龍馬像】

長崎市風頭山はハタ揚げや桜で有名な地である。近くに坂本龍馬がつくった貿易商社「亀山社中」がある。また、皓台寺には同志の近藤長次郎・小曽根英四郎、龍馬の写真を撮った上野彦馬が眠っている。その風頭山に坂本龍馬の銅像が建っている。

ブーツを履き、筋肉に満ちた腕を組み、台座からはみ出した左足は自由奔放で枠にとらわれない姿であろうか。視線は長崎港を見下ろし世界の海援隊を夢みているのだろうか、日本の夜明けを夢みているのだろうか。

台座1.8m、銅像3mと手を伸ばせばブーツに触れることができる。おかげでブーツの先端が光って見える。

この銅像は、「龍馬の銅像建つうで会」が約2年間の活動を通じて全国に呼びかけ、その活動に賛同した有志の浄財によって平成元年5月21日に建てられたものである。


【鹿児島市 天保山町・太陽橋そばの坂本龍馬像】

坂本龍馬新婚の旅碑
日本で最初の新婚旅行

~龍馬33年の生涯で最も平和な3ヶ月~

「王政復古の暁あかつきには、汽船を一隻造しつらへて日本の沿岸を廻ってみようか?」と龍馬はお龍りょうの肩に手を置いて言いました。

鹿児島に向かう薩摩藩船三邦みくに丸の1シーンです。

1866年(慶応2)1月21日、苦心の末薩長同盟を成立させた坂本龍馬は、宿舎の寺田屋で幕吏ばくりの襲撃をうけて負傷、西郷隆盛の勧めに応じて薩摩への湯治とうじ旅行となったのです。

西郷隆盛、小松帯刀たてわき、吉井友実ともざね、桂久武かつらひさたけ、それに龍馬の妻お龍も乗船して大阪を出帆しゅっぱん。

3月10日鹿児島に入港しました。

仲睦むつまじい龍馬夫婦は、日当山から塩浸しおひたし、栄之尾えのおと温泉を巡り、谷川で釣りをしたり、ピストルで鳥を撃ったり、ミヤマキリシマが一面に咲く高千穂に登り、天あまの逆鉾さかほこをひきぬいたり、まさしくハネムーン気分を満喫しました。

土佐の海援隊を作り、薩長を結びつけた明治維新最大の功労者の一人坂本龍馬は、この平和な薩摩下りからわずか1年半後、京都近江屋おうみやで暗殺され、王政回復の暁を見ることなく33歳の生涯を閉じたのです。


坂本龍馬がクレジットカードになりました!
ライフでは、時代の先を見つめ、社会の為に自らの意思で行動を起こす「現代の龍馬」が日本全国で次々に誕生する事を願い、坂本龍馬のクレジットカードを発行しました!!

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